私たちはよく、「過去の行い(カルマ)が今の自分を作り、今の選択が未来を作る」と考えます。
時間が過去から未来へ、一本の線のように流れている(線形)という感覚です。
しかし、本当にそうでしょうか?
「今、この瞬間」に高次の自分の選択をすれば、そのエネルギーにチューニングされたすべてが同時に変化します。つまり、過去も現在も未来も、すべては「今、ここ」という一点にあり、未来生のカルマすらも今の自分に影響を与えているのです。
固定された過去や未来は、実はどこにも存在しません。
世界は「重ね合わせ」でできている
これを量子力学の視点から見てみると、非常にしっくりきます。
私たちが生きるこの4次元時空は「分離の世界」です。
そのため、私たちは瞬間、瞬間を切り取って体験しています。
未来が無数の可能性の「重ね合わせ」であることはよく知られていますが、実は、すでに通り過ぎたと思っている「過去」もまた、重ね合わせの状態にあります。
あなたがまだ気づいていない過去の側面、見落としている事実が無数に重なり合っているのです。
この分離の世界において、私たちは他者のことも、自分自身のことでさえも、100%完全に知ることはできません。脳神経科学的に見ても、それは不可能なのです。
私たちが見ているのは、自分が「見たい部分」「理解できる部分」だけを切り取り、寄せ集めて完成させた「パズル」です。
自分だけが見たい世界を集め、それを「これが世界だ」と思い込み、そこに安住しているに過ぎません。
「思考で理解できる」という理性のトラップ
ここで気をつけなければならないのが、「理性のトラップ」です。
たくさんの知識を持ち、世界の解像度を上げることで、人は「自分は世界を理解している」と思い込んでしまいます。もっと言えば、「思考や論理で物事が解決できる」「思考で理解できる世界がすべてだ」と思い込んでしまうのです。
実は私自身も、長い間このトラップの中にどっぷりと浸かっていました。
21歳の頃、私は工業デザイナーとしてシャープで働き始めました。短大卒で入社した私は「もっともっと勉強したい」という強烈な意欲とコンプレックスがあり、あらゆる知識に飢えていました。そんな時、シャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』(山川紘矢・亜希子ご夫妻の記念すべき初翻訳書)に出会い、精神世界の扉が開かれたのです。
貪欲でした。工作舎や平川出版などの精神世界とその周辺の本、理論物理学、脳科学、心理学など、ありとあらゆる本をむさぼるように読みました。
20代そこそこの私には難しすぎて頭に入ってこなかったのですが、だからこそ「思考で理解しよう」「頭でわかることが必要なんだ」と、知識への憧れを一層募らせていきました。
30代後半までは会社経営への意欲からビジネス書も読み漁り、自分の中の脳内に、知識の図書館をどんどん増築していくような日々でした。
知識の図書館の崩壊と、書き換わった「過去」
しかし、30代後半から様々な人間関係の葛藤や経営的な失敗を経験する中で、私はついに気づきました。
知識の重みに耐えきれず、自分の中に築き上げた「思考の図書館」が崩壊したのです。
わかろう、わかろうとしていた思考の器が「パリン」と割れてなくなった瞬間。 そこにあったのは、知識を捨てた奥にある世界の気配でした。
30代半ばから始め、30年以上続けている瞑想や、ペルー・アマゾンのジャングル奥地で体験したアヤワスカも、私をその「思考では体験できない世界」へと導いてくれました。
本当に問われているのは、思考を超えた「存在そのもの」「愛そのもの」で「在れる」かどうか。「世界を包み込む」ことができるかどうか。
理屈抜きに、あるがままの状態を100%承認し、感じることができるか。そこには比較がないため、分離もジャッジもありません。
この視座に立ったとき、私の「過去」は全く違うものに書き換わりました。
私は、60歳で交通事故で亡くなった父のことが、高校生の頃から30歳までずっと嫌いでした。
母が亡くなり、直接対話せざるを得なくなって少しずつ理解し合えた矢先に、父は逝ってしまいました。
当時の私は、まだ父への勝手な拒絶や葛藤を手放せずにいました。
しかし、自分自身を深く見つめ、心を癒していくプロセスの中で、私はようやく理解したのです。
私たちが育った高度経済成長期は、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のような世界。親たちは家庭よりも働くことに必死で、父親から怒られたり叩かれたりすることも当たり前の時代でした。
私が知っていた「嫌いな父」は、幼い私や思春期の未熟な心が切り取ったパズルピースを寄せ集めたものに過ぎなかったのです。彼らもまた、赤ちゃんから成長し、様々な体験をしてきたひとりの人間でした。
いまだに私が知らない父母の姿が無数にある。すべてを知ることは、本人になること以外はできない。この気づきは、まさに「過去も量子力学的な重ね合わせである」という事実そのものでした。
マトリョーシカの器を大きくする
自分が見たい世界だけで創った小さなマトリョーシカ。これが私たちの無意識の枠組みです。
しかし、この世界には「わかっていない世界(重ね合わせ)」が確実に存在します。
見たくないものも見て、自分が100%は知覚できていないという未知の領域を含み置くこと。それによって、私たちのマトリョーシカ(器)はどこまでも大きく、深くなっていきます。
本当の意味で「覚者」と呼ばれる存在の器が大きいのは、この見えていない領域とその可能性を同時に理解しているからです。
表か裏か、AかBか。その両方が存在することを知れば、ジャッジは自ずと無くなります(もちろん、分離世界を平和に安定させるための、法治国家における裁きが大切なのは言うまでもありませんが)。
過去も未来も、すべては「今」のあなたの意識エネルギーと影響し合っています。
思考のトラップを手放し、愛そのものの目で世界を見たとき、あなたのマトリョーシカは大きく広がり、過去も未来も同時に新しく書き換わっていくのです。
Catalyst 和田達哉
Resonance Code 主宰
レゾナンスコード―魂の設計図を目覚めさせる旅
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